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79年生まれ:男:翻訳業(英語/TOEIC 965、西語/習得中):個人事業主:サッカーオタク(Westham Utd):元IT業:フィリピン・イギリス滞在などの海外生活を経て、日本で翻訳を中心に色々やってます。ご連絡はこちらまで。an.office■plus-ultra-plus.com(■を@に変えてください)

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【連載】2001年イギリス留学記・その5

      2015/09/21

ぼくのイギリス生活は、
ホストファミリーとの生活からはじまった。
 
外国人学生の寮みたいなところで生活をはじめるよりも
現地の人の暮らしが見られてよかったんじゃないかと思う。
 nearby↑(2つめのホストファミリーの家の近所。サッカースタジアムが近くてテンションが上がった)
 
ただ、それぞれ家庭の事情があって、
暮らしは一筋縄ではいかなかった。
 
結果、一年で、
ホストファミリー3軒とそれ以外に7軒も
家を転々とすることになったのだ。
 

きっとこれがイギリスの一般家庭

留学生を受け入れてホストになる家庭には、
二つのタイプがあると言われる。
 
一つは、十分お金を稼いでいて広い家に住み、
「外国人と交流したい」という好奇心と、
「学生を支援したい」という広い心を持った
余裕のある富裕層タイプ。
 
もう一つは、生活費の足しにと狭い家にどうにかしてゲストルームをつくり、
主にお金のために学生を住まわせるタイプ。
 
ぼくの最初のホストファミリーは
いわゆる労働者階級の白人若夫婦。
 
後で考えれば、彼らは後者のタイプだった。
夫は自動車整備工場で働き、
ヨメはパートに出て2人の子供がいる。
どう見ても楽な暮らしぶりではない。
 
ある日、イギリス人ヨメが
「今日はTERIYAKIチキンをつくるから、楽しみにしてなさいね!」
と言ったので、
どんなものが出てくるのかとワクワクしていたら、
お皿にミートボールが2個だけ乗っていた。
 
もちろんあっという間になくなって、2人の子供は
「more! more!(もっとちょうだい!)」
と言っていたが聞き入れられることはなかった。
 
普段からも、
ご飯の量はお世辞にも多いとはいえなかった。
生活に苦労しているんだろうなぁと感じたものだ。
 
ただし、ホストファミリーの主な目的がカネだったからといって、
ぼくがすごくヒドイ扱いを受けたわけではない。
 
むしろいろいろ気をつかって優しくしてくれていて、
最初の頃はとてもよかった。
 
でも、世話になって一ヶ月もたつと段々
たとえば経済状況からくるであろう夫婦仲の悪さや、
その夫婦仲の悪さから子供達が泣いてさらにお父さんが怒鳴る、
みたいなことが多くなってだんだん居心地が悪くなってきた。
 
そして最後には、狭い家にもかかわらず
「もう一人学生を受け入れる」と言い出したので、
ぼくはさすがにホストファミリーを変えたいと学校に伝えた。
 

学校に相談したが、思ってもみない展開に

事務員の若いにいちゃんは
「どうしたの? 何かトラブルでも?」
と聞いてきたが、
まさか世話になった家の経済状況を告げ口するわけにもいかない。
 
ぼくは
「二人の子供が朝4時に起きて泣くので、寝てられないんです」
と言った(それも本当のことだったけど)。
 
にいちゃんは
「分かりました! 心配しないで。ホストファミリーには理由を伏せておくから。次の家を探しておくよ」
と言ってくれて、ほっとした。
 
だが、次の日の朝。
ホストファミリーのヨメが半ギレで
「うちの子供がうるさいってどういうことなの!」
と。
 
あいつ、理由言うてるやん・・・!
 
ぼくは困り果て、眉毛が八の字になった。
 
しょうがないので最近寝不足気味であること、
世話にはなったけど他のホストファミリーを探していることを伝えた。
 
次のファミリーはすぐに見つかったが、
最後は後味の悪いムードでの別れとなってしまった。
 
今考えれば学校に言う前に
ひとことホストに相談すべきだったのかもしれない。
 
でも、あの毎日の雰囲気の悪さと、
ぼくの英語力のなさもあって、なにも言い出せなかった。
 
ホストの家を出る前に
「こんな形で家を出ることになってゴメンなさい、いろいろありがとう」
と部屋に書き置きを残したが、読んでもらえたかどうかはわからない。
苦い思い出である。
 

理由は正直に言った方がいい

スーツケースをタクシーに乗せて
次のホストファミリーの家へ。
 
次の家の家族構成は着くまで知らなかった。
 
今度はイギリス人ではなく、
ドイツ人のダンナとジャマイカ人の奥さんだった。
 
さらに3人娘がいて1番上は18歳で、みんな歳が近かった。
(彼女らはほとんど家にいなかったが)
 近所の馬2↑(家の近所には誰が飼っているのか、馬がいつもいた。本文とは関係ない。)
 
ここの家も裕福な感じではなかった。
でも、すでにイギリス生活に慣れてきていたぼくは
外をウロウロすることが多く、
あまり家にいなかったので不便を感じることはなかった。
 
ホストファミリーも特にぼくに干渉はしなかった。
自由放任で、
家のカギまで渡してくれて自由に出入りさせてくれた。
(なかなかスゴイことだとおもう)
 
「ご飯つくっといたから適当にチンしてたべなさい」
なんていう、程よい放置っぷりがありがたい。
お礼にときどき市場で果物とか買って帰ると
とても喜んでくれて、居心地はとても良かった。
 
問題はたった一つ。
ぼくにあてがわれた部屋が
3畳くらいの物置にベッドを入れたような部屋だったことだ。
 
最初は「寝るだけだからいいか」とおもっていたが、
さすがに宿題もできない環境ではつらい。
 
パブに教科書を持ち込んでも薄暗いし落ち着かない。
スタバは落ち着くがコストが高い。
図書館は夕方で閉まる。
 
そういうわけでぼくは、
もう一度ホストファミリーを変えたいと学校にリクエストした。
 
こんどは「自分だけの勉強机がほしいから」と正直に言い、
ホストファミリーも納得して送り出してくれた。
 
この家には2ヶ月近くいたと記憶している。
 

ハイクラスなところにも問題があるんです

ぼくは英国でのクラスメイトで親友の日本人である
H君にホストファミリーに恵まれない状況に愚痴をこぼしたことがある。
 
H君のファミリーは大きなお屋敷に住む老夫婦で、
外国の文化に興味のある非常に優しい人たちだった。
 
彼は何一つ不自由しなかったそうだ。
それをとてもうらやましく聞いていたぼくは、
そういうホストファミリーにめぐり合わないかなぁと思っていた。
 
そして学校からあたらしいホストファミリーの住所を聞いて、
ぼくは小躍りした。
 
滞在3ヶ月が経ち
ケンブリッジの地図が頭に入り始めていたので、
その場所が高級住宅街であることを知っていたのだ。
 
はたしてそこに行ってみると、
本当に庭付き一戸建ての広い家で、
家具や内装もビクトリア調の
「いかにもイギリス」な感じだった。
 
住んでいる夫婦は60手前くらいの老夫婦で、
ぼくと同い年くらいの息子さんが隣の部屋に住んでいた。
 
ぼくは「ついに理想の環境が!」
と意気込んでいたのだが、
3日と続かなかった。
 
そこの奥さんはものすごく厳格な人だったのだ。
見た目もしゃべり方も、
「アルプスの少女ハイジ」のロッテンマイヤー先生のようだった。
 
ぼくが
「今日は友達とパブでごはんをたべて帰ります」
というと、
 
ンマー! そんな不良みたいなことダメよ!ちゃんと帰ってきなさい!」
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と言うのだ。
 
ぼくは本当にそんな漫画みたいなこと言う人がいるのか、
と笑いそうになってしまった。
 
「でも友達と約束があって・・・」
ダメよ!あなたは外国人とはいえこの家のファミリーになったのよ。この家のルールには従ってもらうわ!」
 
これはさすがに耐えられなかった。
 
ケンブリッジでは友達と過ごす時間がかけがえのないものだったから、
それを制限されるのは何よりつらい。
 
そこは2週間ぐらいで、ごめんなさいと言って家を出た。
 

独り暮らしの決意

その時点でぼくはもう、
ホストファミリーに頼るのはやめたくなった。
 
ホストファミリーにもそれぞれ家庭事情がある。
 
そこに迷惑をかけるのもイヤだったし、
かといってガマンして居続けるのもイヤだ。
 
最後のホストファミリーの家を去るころには
イギリス滞在も4ヶ月くらいになり、
かなり英語がしゃべれるようになっていた。
 
学校のクラスもどんどん上がり、
この頃は一番上のクラスになって少し勉強がマンネリになってきていた。
 
そこで一旦学校の契約をやめて、
家探しをして自分ひとりでイギリスで生活してみることにしたのだ。
(学校は1週間単位の契約だったから問題なく離れられたし、数ヵ月後には同じ学校へ戻ってくることになった)
 
次回はその独り暮らしの始まりについて書いてみよう。
 

 - イギリス, 海外生活

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