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79年生まれ:男:翻訳業(英語/TOEIC 965、西語/習得中):個人事業主:サッカーオタク(Westham Utd):元IT業:フィリピン・イギリス滞在などの海外生活を経て、日本で翻訳を中心に色々やってます。ご連絡はこちらまで。an.office■plus-ultra-plus.com(■を@に変えてください)

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甲状腺摘出手術のおはなし

      2016/12/02

今日は、当ブログでいままで取り上げたことのないタイプの話題を書こうと思う。
その話題とは今年、2016年の7月に甲状腺の半分を摘出する手術を受けたこと。
なぜこんなことを今さらわざわざブログに書くかというと・・・
 043クラくならないように書いてます! 
 
手術前のこと。
大きな手術を今まで経験したことないぼくは、甲状腺の手術ってのはどんなもんなのかさすがに怖くなってネットを調べた。
そうすると、術後組織が癒着して再手術とか、声帯に傷がついて声が出にくくなったとか、怖くなってくるような感想が多く。
 
逆に、たいして怖くないよ、と言っている病院のコラムもあったけれど
「どうせ病院側のちょうちん持ちの記事でしょ・・・」
といううがった見方をしてしまい。
 
でも結果、手術後。
ぼくはぴんぴんしている。
 
なのでネット上に、今現在無事に生活しているぼくの記事を足すことで、不安を少しでも晴らす人がいればなあと思ったのが理由である。
 

首がなんだか腫れている

ぼくがフィリピンで仕事をしていた2年前から、鏡を見ると首の左側がなんとなく大きいような気はしていた。
IT系の仕事でしんどい仕事が続いていたので、疲れてリンパが腫れているのかなー、首もこってるしなー、というような気持ちで放置していた。
 
帰国後、ITから翻訳業に仕事を変え、なんとかメシを食えるようになってきたころ、
「やっぱ首の左っかわ、明らかにでかいよな」
と思って会社の健康診断でそれを言ったところ、専門医に見せるように言われ、地元の専門医へ。
 
触診のほかにのどに針を刺して組織を調べてもらったが、結果は「濾胞性(ろほうせい)」と言われた。
要は「悪性か良性かわかりまへん」ちゅうことだ。
 
が、ネットで調べたところ甲状腺は判断が難しくてわからないことが多いんだそうだ。
だそうだが、医者がわからんとこちらもどうしていいかわからん。
 
医者は
「今のところは大丈夫だと思いますが、とりあえず様子をみましょう。急に大きくなるようだったらとりましょう」
といった。
 
大丈夫といわれても、ぼくはやはり困惑するのみだった。
うーん、こまったな。
 

手術ケッテイ

医者の言うとおりに様子をみて数ヶ月。
なんとなーく首元が気になりながら過ごす日々だったが、腫瘍が大きくなっているような気がしていた(実際数ヶ月で何ミリか大きくなっていた)
 
そこで、もっと大きな病院でセカンドオピニオンを聞くことに。
 
紹介状を書いてもらって関西で最大級の甲状腺専門病院へ。
院長先生はぼくののどを診て、触り、
「通常このサイズなら手術をおすすめしますがね」
と言った。
 
ぼくは一秒ほど考えて「じゃあやります」と答えた。
あまりの速さに院長先生がちょっと「えっ」という顔をしたが、ぼくにとっては今まで散々悩んできたことなので、これ以上悩むのもイヤだったのだ。
 
時は5月、誕生日を迎えたすぐ後のことであった。
 

クラい気持もあったけど

手術することを決めると後の手続きはスムーズ。
あれよと言う間に術前検査の日と術日も決まった。
 
日にちが決まって改めて、甲状腺を取るというのはどういうことかについて調べた。
それまでももちろんネットを調べはしたけど、冒頭で書いたようなハードな状況の記事が多く、暗い気持になっていくばかりだったので途中から見ないようにしていたのだ。
 
やはり人によっては声帯に傷がついて声が出なくなったり、ホルモンのバランスが崩れて仕事もしづらくなり、薬が欠かせなくなったりといった記事を読んだ。
 
それに、何より癌だった場合。
甲状腺癌は比較的生存率が高いらしく、8~9割が10年以上生きられるそうだ。(癌の種類によってはもっと危ないのもある)
 
最初はその情報で「癌だったとしても運がいいほうだな」と思っていたのだが、時間が経つと「逆に言えば1~2割は10年以内に死ぬんだよな」と当たり前の計算が頭にちらついた。
 
低い確率でも、死の影を意識し続けるとだんだん精神が参ってくる。
もし癌だったら仕事どうしようとか。
自分は何をこの世に残せるのかとか。
結婚や子供はあきらめなきゃいけないのかとか。
 
そんな気持を振り払うために予定を詰め込みまくって休みなく働いたけれど、さすがにそんなペースも続かず、精神的にかなりきつい時期もあった。
 
そんなアップダウンを経ながらもなんとか入院の日。
 
直前になると将来の不安より
「麻酔切れたらどれくらいいてーのかな」
という直接的なことをぼんやり考えていた。
そしてそっちのほうが暗い気持にはならずにすんだ。
 

さん、にー、いt ZZZ

入院してからはたまに検査によばれ、たまに看護婦が回ってくる以外はヒマだった。
本とタブレットを持ち込んで、じっくり読書をしてすごし、2日。
手術日を迎えた。
 
事前に麻酔担当の医者が、全身麻酔ってスゲーぞ、とやたらうれしそうに言っていたが、ほんとにすごかった。
 
映画の集中治療室みたいなところでベッドに縛り付けられたときは緊張したが、空気供給のマスクをし、点滴で麻酔が入ってきて、腕につめたいものが走ったなと思ってから数秒。
意識がなくなったとか眠いとか気づく間もなく、タイムスリップでもしたような感じ。いつの間にか目の前には家族の顔があって、手術が終わったんだなと少しずつわかってきた。
 
細かいことは書かないがその日と次の日はまあまあ痛かった。傷口より尿道に刺した管が痛い。管を抜いてもしばらくはイタ気持ち悪かった。
それでも、痛み止めを飲んだのはその次の日までだったと思う。
 
首元には貯金箱かのようにぱっくりと傷口があった。痛いけど痛くてどうしようもないほどでもない。医者の腕もよかったのだろう。出血を逃がす管が傷口に刺さっていて、血の受け皿を点滴と一緒に持ち運んでいたがあまり血はでていなかった。
 
2日たってご飯が食べられるようになり、3日たってシャワーが浴びられるようになり。
人体は不思議、どんどん回復していく。
世間ではポケモンGOがリリースされたので病院内でやったりしていた。
その後管を抜いて抜糸をして、退院の日には首元さえ隠せば外からはわからないほど元通りになっていた。
 

リハビリと回復

さすがに臓器を摘出したわけだからすぐに元通りとはいかない。でも退院後すぐに仕事には復帰したし、甲状腺ホルモンのバランスがどうなるのか気になっていたが、息切れするのが早いかな?くらいで(単に運動不足かもしれない、程度)特に深刻なことはなかった。
 
傷口も最初はちくちく痛んだりもしていたが、少しずつふさがり今ではほとんど気にならない。見た目もかなり落ち着いたもので、赤く傷跡はあるものの言われないとわからないかもしれない。
 
2ヶ月様子をみてから運動も開始して、今ではフットサルなんかも前の通りやっている。
(うまくプレーできないときは「甲状腺切ったからね」と言い訳につかってみる)
 
ぼくは病院の予測どおりの回復をして、いまでは普通に運動もするし食事もできるようになっている。
 
ネット上で色々と深刻な記事があるけれど、つらい目にあった人はきっと記事を残したいと思うだろうし逆に病院の言う通りうまくいった人はわざわざ記事にはしないのだろう。
(つらい目にあった人は事実つらいのだから、書くのは当たり前なのだけど)
 
入院で同じフロアにいた人と数人話したけれどやはり症状はさまざまで、甲状腺を全摘出した女性や、何度も入退院を繰り返している老母もいた。
なので100%うまくいくとはいえないのだろうが、それでもぼくのように普通にうまくいった例もきっと多いはず。
 
甲状腺の手術を控えて不安になっている人がこの記事を見つけて、「うまくいった例もあるんだ」と少しでも安心してもらえたらうれしい。

 - その他

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