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79年生まれ:男:翻訳業(英語/TOEIC 965、西語/習得中):個人事業主:サッカーオタク(Westham Utd):元IT業:フィリピン・イギリス滞在などの海外生活を経て、日本で翻訳を中心に色々やってます。ご連絡はこちらまで。an.office■plus-ultra-plus.com(■を@に変えてください)

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【連載】2001年イギリス留学記・その9

      2016/11/12

こちらもずいぶん間が開いてしまったが、イギリス留学でうまくいっていなかったときのことをお話しよう。
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日本人の先輩・Hくんが帰国してから、仲良し4人組は3人になり、その中でも一番英語のできるタイ人のPちゃんはほどなく上のクラスに昇格していった。
 
しばらくは「さみしいよー」と言って休み時間にぼくらのところへ戻ってきて話したりもしていたけれど、上のクラスでもだんだん友達が増えたようで話す回数は少なくなっていった。
 
ぼくのほうも新しいクラスメートが増えたりして、そちらと話す機会が増えた。
だんだん疎遠になってしまうのは、クラス替えの宿命で仕方ないところだ。
 
英語のレベルが同じくらいだったぼくと中国のCちゃんはよく遊んで話もしていた。
ぼくのほうはこのままもしかしたら恋人になるかも?
という淡い期待をしていたと思う。
 
そこに、新しいクラスメートで台湾からきたRという男が加わった。
 
小柄でGジャンに白Tシャツをよく着ていた童顔の男で、ジャッキーチェンの昔の映画に出てきそうな、2つ3つぼくより年上のやつだった。
 

見てはいけないものを見た

R、Cちゃんとぼくの3人でよく遊んでいたのだが、Cちゃんは弱冠16歳で母国から離れ、中国語が話せたほうが安心したのだろう。
ぼくがいるときでも中国語で話す時間が増え、結果的にはそのRとCちゃんが深い仲になってしまった。
 
ぼくはRに彼女のことを相談したりしていて、Rが台湾に残してきた彼女の自慢などを聞いていたので、さらにショックではあった。
 
決定的だったのは学校のパーティで二人で暗がりに消え、そこでキスしているところに遭遇してしまったことだ。
 
ぼくはその後パーティを抜けて、街の教会の前で座り込んで全く動けなくなってしまった。
 
とりあえずタバコに火をつけたのだが、呆然自失とはまさにこの時のこと。
暗がりで抱きあう二人の姿がずっと頭にこびりついて離れない。
友達2人を失い、淡い恋心が砕けた瞬間である。
 
タバコは吸っているようで吸っていなかったらしい。
火がついたまま口からポロリと落ちて足元に転がった。
力が抜けて立ち上がれないで、どれくらい経ったのかはわからないが、教会の鐘がゴーンと鳴った。心は真っ暗闇。ものすごいへこみ方である。
 
そして、そのとき。
 
ぷー
と細い音が自分の尻から音がでた。
 
屁だ。
こんな悲しいときにも屁がでるんだ、なあんだ。
 
そんな考えが冷静さをくれて、すこしエネルギーが回復した。その後、なんとか立ち上がってその日は家に帰った。
 

その後のカンケイ

そういうことがあったあとも、Cちゃんは何ごともなかったように接してきた。
女子のほうがこういう時は強い。もしかしたら、Cちゃんはこちらの気持にはまったく気がついていなかったのかもしれない。
 
ぼくはというと、Rを責める気にもならず(Cが自分の彼女だったわけでもないし)、かといってショックだったことには変わりなく、どこか毎日がいじけたようになっていた。
 
日々過ぎ、Rが台湾へ帰国する日。
Rは、ぼくを呼びだして
「いろいろとごめん、これぼくのアドレスだから、よかったらまたメールしてよ」
と紙を渡してきた。
 
一応受け取るには受け取ったが、なんだかこちらから友情を再開する気にもならず、紙はその後どこかへいってしまった。
 
Cちゃんとはその後クラスが別になり、さらにぼくが一人暮らしをきっかけに学校を離れたのでしばらくは会うこともなかった。
あとになってぼくにもお付き合いするひとができ、Cちゃんが中国に帰るときにはもやもやした気持ちはなく3人で空港まで見送った。
 
こうして、最初の一ヶ月は完璧とも思えた仲良し4人組だったが、ずっと仲良しでいられたわけではなくほろ苦い思い出も残したのである。残念ながら、帰国後Hくん以外とは連絡もとっていない。
 

若いといろいろ難しい

もう一人、クラスメートには韓国人のSくんという14歳の少年がいた。
とても明るくおちゃめなヤツで、みんなから愛されていた。ぼくのことを気に入ったらしく、日本語を教えてほしいと言って教えてあげたり、まるで弟のような感じだった。
家に招いてくれて、父親がすごく厳しくて怖いというような話も聞いた。
 
しばらくしてSくんは突如あからさまにぼくを避け始めた。
ぼくも上で書いたような失恋の時期もあったので、常に上機嫌ではなかったように思う。が、それにしても急な態度の変わり様だった。Sくんは不良っぽい韓国人のグループとつるむようになっていった。もしかしたらその前後で日本人にたいして何か吹き込まれたのかもしれないが、今となっては真相はわからない。
 
半年後くらいに一度話す機会もあったが、とても事務的というか嫌々話している感じだったので寂しい気持になったものである。
 

話せるようになっても言葉の壁はある

今思えば、ぼくが体験したどちらも、10台半ばの中国・韓国人が母国語を話す人のほうに安心感を見出した例。
 
海外で暮らすのは大人でさえ心細い。そして彼らは若すぎた。
文化も違えば英語もそれほど得意でないときにはお互い誤解することも多いだろう。
若いときにはなおさら、飲み込めず我慢できないだろうし。
 
そんな時、母国語を話す人のほうへ心が行くのはとても理解できる話だな、とは思う。

 - イギリス, 海外生活, 英語

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